ジャンク

 数年前のことだが仕事場の改装工事をした。ここ十数年来の不要品が山のようにでた。床を貼る工事であったので、室内のものはすべて庭に運び出したが、その分量の多さには私自身驚かされた。いざ、工事が終って室内がきれいになると、運び出したガラクタを運び入れる気がしない。いずれ役立つだろうと思って、大切にしまっておいたものが今はどうしようもないゴミクズに見える。

 いわゆるジャンク類が大好きな私は、人が不要になったものでも、使えそうなものは貰ってきて、修理して使ったり、保管したりしているのだが、いつのまにか、それがこんなに大量になってしまった。始末方法に頭を悩ましている時に、おり悪くある事件が起こった。

 事の発端はこうだ。私のジャンク好きをよく理解してくれる友人からの電話で、某大学の研究室にまだまだ使えるパーツがあるのだが、いらないか? というのだ。「着払いで送っとくからね!」と言って電話は終った。それから数日後、つまり前述のゴミの山をまえに途方にくれている時だった。ダンボールに十三箱の荷物が届いた。送料もばかにならなかった。なかば不安ながら、箱をあけてみると、まさにそれは、私が目の前にして処分に困っているジャンクに他ならなかった。結局大枚はたいてジャンクをしょいこむ結果となったのだが、考えてみれば、送って下さった大学の先生も捨てるに捨てられず、誰かに利用して欲しいという気持ちであったのだろう。

 これらのジャンクは、殆どが電子部品や測定器関係なのだが、ここ20年の間に電子部品も様変わりしてしまい、古いタイプのものは殆ど使えなくなってしまった。一昔前東京の秋葉原駅界隈はこうしたジャンク屋でにぎわっていたが、今やパソコンやオーディオショップに入れ替わってしまって、昔ながらのジャンク屋はすっかり影を潜めてしまった。

 長引く不況の中で、リサイクルショップや中古市場が活気を見せているというのに、これらのジャンク類は利用されることもなく葬られて行く。再び利用される事のないジャンクを後生大事に持ち続ける私に、人は「捨てろ」と言うが、私にとっては、少年時代のエネルギーを思い起こさせてくれる宝物でもある。ジャンクに夢を求めていたあの頃を思うとばかばかしくもあるが、胸が熱くなるのだ。


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